のどけからましことのはじめ2ロンドンに着いたのは夕刻少し前。 しかし私はその先ベルファストまでのティケットを持っ ていない。まあなんとかなるだろう。本人が何とかなるだろうって思っていれば、何とかなる もので、無事?ベルファスト到着。 強いていえば、国内便なのにやたらとセキュリティーが厳しかった。さすが、ベルファスト。 いつもの私なら ワクワクといったところだが、すでに長時間のフライトでお疲れの私は。 「なんでもいいから、早くしてよ」状態だった事と。始めて、BA のアッパーで飛んだ事。 バスの運ちゃんの言っている事が、100%理解できなかった事。 それからの2週間は何ごとも無く過ぎた。私にとっては、久し振りの学生生活。テロにまつわ る話もちらほらとは出たけど、予想とは裏腹に治安も好い。それもその筈、街の至る所に、重 武装した警官がいる。ライフルに、戦車なんかまでが町中をそこら中うろうろ。町中でけちな 犯罪なんか起きるわけが無い。彼等を相手にするなんて割に合いません。それでも、彼等の姿 さえ気にしなければ、いたって平和。 バスに乗れば、隣り合わせたおばちゃんが話し掛けてくる。お店でもそう。お天気の話に始まり 私の持っている鞄にいたるまで、皆、素朴で人懐っこい。おまけに親切。銀行でパスポートを見 せた時にはパスポートの写真を見て、「あら素敵な写真ねえ。バレリーナみたい。」とくる。 おまけにこんな話を披露してくれた友人もいる。「その友人の友人(東洋人)が道に迷い、通り すがりの年輩の女性に道を訪ねたら、なんとその女性は、その道に迷ったくだんの友人の為に、 タクシーを止め、彼女をタクシーに乗せタクシーの運転手に、彼女をドコソコまでつれていくよ うに、お金を払った。」とのこと。 底抜けの親切心である。 そんなふうにして、日々は過ぎていったある週末のこと。 寮の友人達と今日は週末だからシ ティーセンターのパブに皆で行こうという話になり、友人数名とシティーセンターまで20分程 の道のりを、たわい無い話をしながら歩いていった。 それまで、テロについての話は多少は聞 いていたが、私が知っているのは、南の共和国は、イギリスの支配下から独立したが、プロテス タント、イギリス系の住民の多い北部はそのまイギリス領として残された。それに反発した北部 のカトリック系アイルランド人が、独立、南部アイルランド共和国との統一を求め運動および、 テロ活動をしている。といったことぐらい。 友人の中には、アイルランドには何回か来ている人もいて、もちろん私より情報通だ。で、道中 路地裏で花火をあげている人たちを見て、「あの人たちはプロテスタントね。」と言う。「どう いうこと?」と私が訪ねると。「今日はプロテスタントのお祭りの日だから。」との答え。 「ふ〜ん。知らなかった。でもお祭りなら、シティーのパブはきっと凄い賑やかだろうね。」等 と話ていたら、シティーセンタへ着いた。 ところが、週末の夜の9時だというのに、街はもぬけの空! 人っ子一人いない。大抵のアイルラ ンドの街なら、信号機の数程パブがある。ベルファストもその例外ではない。が、どのパブも全 て閉まっている。週末の夜だというのに一件のパブも開いていない。 いつもは沢山いる武装した 兵士や警官の姿も見えない。まるでゴーストタウン。さもなきゃSilent hill。聞こえてくるのは 上空を旋回し続けるヘリコプターの音だけ。小一時間歩き回ったけれど、開いているパブはおろ か、人一人見かけない。まるで戒厳令下。結局、その日は、不安になった友人の「大丈夫ヘリコ プターが見張ってくれているから私達は安全よ。」という言葉を期に、とぼとぼ、寮まで歩いて 帰ることにした。 週が明けて、その話を別の友人にしたら、「ああ、その日ね、まいったよ。」と言う。何があ ったのと訪ねると、朝の5時頃物凄い音で眼がさめて、窓から外を覗くと、彼女の住んでいる、 家の両側では装甲車が、通りを塞ぎ、何やら、得体の知れない機械が彼女の家の前を音をたてて 歩いている。 どうやら誰かが彼女の家の前に爆弾を仕掛けたらしく、その得体の知れない機械は 爆弾処理ロボットだったとのこと。そう言えば彼女は先週も、パブの帰りタクシーで帰ろうとし て、行先を告げるやいな、そんな物騒な処にはいけないとばかり、「No Chance!」と一言、やっ と捕まえたタクシーに走り去られたっていってたっけ。 |